キール誕生秘話「金塊の門番、玉座の門番」最終章

トローンは戦の手腕にたけている男でございます。

彼の戦術に「失敗」の文字はなく、常勝街道を突き進むのみでした。

知将。または闘神。人々は彼をそう呼ぶようになりました。

カルヴァレンは人を惹きつける何かを持つ男です。

金も、運も、男も女も、権力さえも、彼の手の届くところに何時も転がり落ちています。

彼の周りには常に彼を慕う誰かがおり、いつしか革命軍まで作りだしてしまうほどでした。

革命前夜のことです。

苦戦していた城内から攻略する下準備がようやく整ったとトローンから報告を受けた時にはカルヴァレンも胸をなでおろしました。

この一月の間、二人は空白の15年を埋め合わせるように色んなことを話しました。

今までの生い立ち。

好きな食べ物。

好きな本。

今日会った出来事。

革命後の夢。

二人は双子でありながら、次第に惹かれあっていきました。

まるで前世から約束されていたかのように。

しかし、それは禁忌の恋でした。

その日は珍しく外で二人の時間を過ごしていました。

女王の側近以外は全てトローンたち革命軍側についた今、恐れるものは何もありません。

トローンに誘われるまま出向いた先は小高い丘の上でした。

青白い月の光が街を照らすさまは神秘的で非常に美しい。

「いい場所だろう?」

「静かだ。人攫いもいないから余計にそう感じる」

「お前が女王のご機嫌を取ってくれたからな」

トローンを含めた新・革命軍誕生の翌日のことでした。

カルヴァレンは男衆数人を連れて、女王陛下と謁見したのです。

地下で製造した全ての製品の売り上げのうち6割を女王陛下に収めることと、永久的に女王の望むドレスを献上するかわりに、地下街は永久的に一切不可侵という条件を願い出たのです。

女王とは少しもめたものの、地下街の平和は保証されたのでした。

「いってしまえば布なんていくらでも作れるし、あのおばさんがどこまで把握してるかなんてたかが知れてるし、俺の貯金崩してやりくりすれば2年は売上無くてもお給料皆にあげられるからこれでよかったんだ。おかげで人攫いの頻度も減っただろ?」

「人を売って稼ぐ金額よりお前からお金貰ったほうが儲かるみたいだしな」

以前より、人身売買で国財をやりくりしていた国のやり方には他国より非難が集中しており、廃止出来たことで少しずつではあるが、王国の評判も上がってきているらしい。

しかし、トローンも知らないことがある。

攫って来た少女が売りに出されるところを。

そして攫ってきた少女がどこに収容されているかを。

「早く皆に平等な平和と幸せが訪れる世の中にしたいな」

「明日来るだろ?俺たちが作る」

カルヴァレンがトローンの手を握り、またトローンもカルヴァレンの手を握ります。

色違いの同じ顔が互いを見つめ、そして二人は重なり合います。

空白の15年の埋め合わせを、月の光だけが優しく見守っていました。

革命当日。

この日のために辛い訓練を乗り越えてきた地下革命軍は時が来るのを今か今かと待ち構えていました。

合図は城の周りの松明に三つめの明かりがともされた時です。

一つ、二つ、そして、三つ。

カルヴァレンの合図とともに城の門を突き破り、突入します。

城壁を守る警邏隊も革命軍の息のかかった者たちばかりです。形だけの抵抗の末、彼らをあっさりと通してしまいます。

一方で、城の中でも革命軍が動き出します。

女王の側近をとらえ、そして女王の寝室へ突入するのです。

広い、広い赤を基調とした絢爛豪華な寝室。

そこを陣取る天蓋付の寝台。

人ひとり分の膨らみは小動物よろしく小さく丸まり、震えています。

トローンはシルクの掛布団を剥ぎ取ります。

そこには女王とは似ても似つかぬメイドの女が革命の恐怖に震えていました。

女は答えます。

女王は湯浴みに出ています。

私は女王の留守を預かっただけです。と。

こんな夜更けに湯浴み。

女の口ぶりだと湯浴みは日常茶飯事、この時間に行われている様子。

不自然だ。

ここで、トローンの頭に一つの仮説が浮かび上がります。

こんな夜更けに湯浴みをする理由が、誰にも見られたくない秘密の行為なのだとしたら。

身代わりを立てるくらいだ。誰にも知られたくないのだろう。

トローンは嘗て女王から言われた言葉を思いだします。

「若く、美しく、健康的な女を城の前まで連れてきなさい。あとは私が直々に引き取るわ」

女王は商品として連れてきた女どもを直々に品定めすると、特に美しい乙女を選別して側近たちに引き渡し、あとは奴隷や娼婦として他国に売り渡していました。

きっと女王のめがねにかなった乙女のほうがよほど商品価値があるのに。

美しく、うら若き処女。

女王は決まってそういうものを選んでいました。

トローンの知る限り、女王に同性愛の趣向はございません。

淫欲を満たすのは決まって美男でした。

トローンの中に恐ろしい結論が生まれます。

昔、読んだ本に書かれてあったとある国の女王の話。

うら若き乙女の生き血をすすり、生き胆を食べ、永遠の若さと美貌を手に入れようとした悪女がいたそうな。

彼女ならやりかねない。

ならば場所は?

心当たりは一つだけあります。

トローンが召使として働いていた時まで遡ります。

幼い少年は偶然城の近くの森に迷い込んでしまいました。

早く戻らないと怒られてしまう。

しかし、出口を探せば探すほど、迷うばかりです。

気が付けば森の奥まで入り込んでいました。

怖い。

幼い少年は泣きじゃくってしまいます。

誰か助けて。

しかし、孤児の少年を助けてくれるものなど誰もいません。

少年は泣きながらも歩くしかありませんでした。

日も落ちたときです。

近くで物音がします。

誰かいる?

少年は物音のするほうへ向かうと、木の陰からこっそり様子を窺います。

そこには森の中にあるとは思えないほど不自然で恐ろしい光景が広がっていました。

猿轡を噛まされ、体を拘束された女の人がたくさんいて、一人ずつ黒いマントを被った大人の人に心臓を抉り取られていたのです。

更に心臓を取られた女の人の体をつるし、浴槽のようなものに生き血を滴らせていたのです。

血に満たされた浴槽に浸かっていたのは恐ろしい顔をした、女でした。

抉り出された心臓をナイフで食べやすい大きさに切り、フォークで口に運びます。

その優雅なしぐさに、少年は今までに感じたことのない恐怖を覚えました。

それから、どのように帰ってきたかは覚えていませんが、無事に城へ帰り着くことが出来ました。

思えば、あの女は女王陛下ではなかったのだろうか。

トローンはあの森に女王がいると信じ、寝室を飛び出しました。

トローンからの知らせを受け、カルヴァレンも革命軍の精鋭隊を連れ後を追います。

深い、深い森の中。

トローンの予想は的中していました。

嘗て見た光景とわからず、恐怖と絶望に歪んだ乙女たちがなすすべもないまま命を散らされるときを待っています。

浴槽の中には血に染まった女王が、あの時と同じように心臓をナイフとフォークを用いてむしゃむしゃと食べています。

「何てことだ」

革命軍の一人が言います。

あまりの光景に嘔吐するものもいました。

そのえずき声に気づいたものが、革命軍の存在に気づいてしまいます。

仕方がない。トローンは短銃を懐に収めると、女王陛下のもとへ姿を現します。

「ご機嫌麗しゅう。女王陛下。血に塗れたお姿もお美しい」

トローンはゆっくりとした歩みで女王陛下に近寄ります。

身構える側近たち。

女王はトローンを一瞥すると、再び乙女の心臓を口に運びます。

まるで彼のことなど眼中にない、といわんばかりに。

彼が時間を稼いでいる間に、カルヴァレンをはじめとする革命軍は女王の周辺を取り囲みます。

「楽しい湯浴みも今宵が最期です、女王陛下」

トローンは懐に隠し持っていた短銃を女王に向けます。

それを合図に革命軍が側近たちを取り押さえます。

女王を守る銃士隊隊長直々の訓練を積んだ革命軍に、女王の権力に対しての従順さしかない側近共が敵うはずがありません。

「みんな、逃げるんだ!南の方角を目指してまっすぐ進めば森から出られる、早く!」

カルヴァレンは囚われの乙女たちを次々と解放していきます。

最後の乙女を解放を見送った直後です。

カルヴァレンに衝撃と激痛が走ります。

華奢な体を貫く銀色の長い刃。

柄を握るは革命軍の男でした。

「ここで女王が死んで、どっちかが国王の座についたとして、血は再び繰り返される!ならば王族を根絶やしにして国を生まれ変わらせるべきだ!」

男は狂気を孕んだ声で叫びます。

トローンの怒りは一気に頂点に達します。

それは衝動でした。

冷静さを欠いた黄金の闘神は、愛した片割れを傷つけられた悲しみと怒りに我を忘れ、誰彼かまわず銃口を向けました。

銃弾がなくなれば腰にさした剣で斬りつけます。

冷静さを欠いた闘神は暴力だけしか能のないけだものです。

隙をついてしまえばだれでも倒せてしまいます。

それが丸腰の女性だとしても。

金臭い匂いを漂わせ、女王がトローンの背後を狙います。

血に塗れた手にはこと切れた側近が腰にさしていた剣が握られています。

「漸く私が手に入れた王国よ。私に従順な国民がいて、私の望むものは何でも手に入る、夢の国。私を侮辱した馬鹿女の息子だか何だか知らないけど、あんたなんかに奪われていいはずがないわ!」

女王は剣を振りかざし、トローンの背中に斬りかかります。

それとほぼ同時でした。

闘神の本能が女王の攻撃を許すわけがありません。

手負いであっても、彼の強さは少しも揺らぐことはありませんでした。

がら空きの腹を、剣で一突き。

更にとどめに最後の銃弾を醜く老いた顔に一発。

圧政を強いた極悪非道の女王陛下の生涯はこうして自身の銃であり、馬であり、そして盾である男の手で幕を下ろしました。

トローンは革命軍の生き残りにこう言いました。

「女王の遺体をもって、城へ戻れ。新たな時代の幕開けだ。女王の遺体は二度と蘇らぬよう炎で焼き払え」

それだけ伝えると、トローンは事切れたカルヴァレンのもとへ駆け寄りました。

自身もまた、手当てをしないと死んでしまうというのに。

「終わったよ、何もかも」

華奢な体は氷のように冷たく、二度とトローンに輝かんばかりの笑顔を見せることはありません。

トローンは愛しい亡骸に語り掛けます。

愛している、と。

間もなく自身の命のともし火も消えてしまうというのに。

それでも彼はカルヴァレンのそばを離れようとはしませんでした。

やがて深手を負った体から力が抜け、カルヴァレンの葬貌も見えなくなってしまいました。

女王の亡骸を民衆の前にさらすと、国民一同喝采を挙げました。

希望の双子をたたえよう!

国民たちの声に、革命軍の生き残りは声を詰まらせながら二人の王子の悲報を伝えます。

ではこの国は一体どうすれば。

導くものがなければ糸の切れた凧のようにこの国は当てもなく時代の流れに乗り、やがて朽ちてしまう。

国民たちは言いようのない不安に打ちひしがれてしまいます。

「待って!」

一人の女性の声にうなだれていた国民たちは顔を上げます。

女性の腕には一人の乳幼児が抱きかかえられています。

「私が王子様二人の様子を迎えに行ったときに、いたの。二人の亡骸は月の光に煌々と照らされていて、二人の亡骸が消えたと思ったら、この子がいたの。この子は希望の子。希望の王子二人から生まれた、希望の子。いずれ国を豊かにし、悩めるすべての人々を救済する神の子。この子のために、いいえ、全ての子供たちの未来のために、私たち大人が嘆いてどうするの?王政から解放された今、私たちは、私たちなりに1から国を作りなおせばいいじゃない」

女性の言葉に悲嘆していた国民たちは立ちあがります。

「国の産業ならまかせてくれ!俺たちの布工場があるぞ!」

「早速子供たちに勉強を教えなければ!」

「やるべきことはたくさんあるんだ!」

女王の恐怖におびえるだけの人々は今、平和な国をよみがえらせるため、新たな一歩を踏み出します。

女性の腕の中の赤ん坊が産声を上げます。

嘗ての希望の双子のように。

赤ん坊は、キールという名を授かりました。

キールは、彼をはじめて抱きかかえた女性、カーラに育てられ、この世で最も偉大で聡明な魔術師としてストーンハウスを築いたのでした。

この伝承に関連する魔道具: 金塊の番人・玉座の番人
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